ブログを書けと言われて、半年。
今日で、175記事目になる。
これは努力自慢でもなければ、被害者意識でもない。
ただの事実の記録だ。
「お金を使わずにブログを書く」
その前提条件で、やるべき行動として選んだのは、書き続けることだった。
実際に、外部からの問い合わせが来ている、という連絡も受けている。
書いたものが、どこかには届いている。そこは事実だ。
ただ、
誰が、何を読み、
どこに響いたのかは、
今の自分には見えない。
これは不満ではない。
構造の話だ。
見えない状態で書き続ける、という設計。
その中に自分が置かれている、というだけの話でもある。
成果が見える人は、設計を意識しない。
数字が答えを出してくれるからだ。
だが、見えない期間にいる人間は違う。
判断を先送りせず、続けるための基準が必要になる。
設計は、
成果が見える人のためにあるんじゃない。
見えない期間に、
何を続けるかを決めるためにある。
今回は結論を出さない。
評価もしない。
ただ、
見えない状態で、どう書き続けているか。
その構造を、そのまま残しておく。
判断は、後でいい。
今は、記録する。
まとめ
175記事目は、成果の報告ではない。
見えない期間に、
判断を急がず、
設計だけを残し続けているという記録だ。
それ自体が、今の自分の位置になる。


