港町・釧路で見つけた“俺の舞台”
炭火の香ばしい匂いが立ちのぼるカウンター越しに、今日も誰かが笑っている。
ここは釧路フィッシャーマンズワーフMOOの2階にある小さな居酒屋。
その名も「今なんどき めしどき」。
気取った料理もない、洒落た演出もない。けれど、この店には俺の人生が詰まっている。
魚を焼き、酒を注ぎ、客の一言ひとことに耳を傾ける。
それが俺の仕事であり、俺の生き方だ。
“めしどき”は俺の人生そのもの
釧路に戻ってきてこの店を始めたとき、俺はもう若くなかった。
若い頃はスポーツに打ち込んでいたし、東京や札幌のような大都市で暮らす道もあったかもしれない。
けれど最終的に俺が選んだのは、ここ釧路の港町だった。
その理由はシンプルだ。
ここには「人」がいて、「会話」があり、「温もり」がある。
魚の焼ける音、酒を酌み交わす手元、笑い声とともに揺れる提灯の明かり――
そんな“昭和”の匂いが色濃く残るこの場所に、俺は心惹かれた。
そして何より、この町には「顔を見て話す商売」が生きている。
説明書もマニュアルも通じない世界
俺の店にはマニュアルがない。
新人が入っても、「こうすればいい」とは言わない。
客の表情を見て、気配を感じて、自分で考えて動け。
それが“居酒屋”という舞台に立つ人間のあるべき姿だと思ってる。
目の前で魚を焼きながら、「今日は雨が降ってたね」「どこから来たの?」と会話を重ねていく。
その中で自然と空気が和らぎ、笑顔がこぼれる。
その瞬間のために、毎日この暖簾を出しているようなものだ。
釧路の夜に灯る、俺の灯り
観光都市とは違って、釧路の夜は静かだ。
でも、その中で一つ一つの店が、それぞれの灯りをともしている。
俺の店もその一つだ。
目立たなくてもいい、派手じゃなくてもいい。
ただここで、誰かの“明日への元気”をつくれるなら、それで十分だ。
釧路の港町がくれた“学び”
台湾から届いた優しさ
この数年、釧路には台湾からの観光客が増えている。
最初はただ驚くばかりだった。日本語が話せない彼らが、どうしてうちのような小さな居酒屋に来てくれるのか。
ある日、一人の台湾人女性が店にふらっと入ってきた。
指さしで「ザンギ」と「ホッケ焼き」を注文し、ゆっくりとビールを飲みながら笑顔で「オイシイ」と言った。
言葉は少なかったけど、その笑顔と拍手がすべてを語っていた。
言葉よりも通じる“人の力”
この瞬間、俺は思い出した。
ホッケの骨を取ってあげたり、熱い鉄板に注意してあげたり、そういう“人間的なやりとり”こそが商売の原点だったことを。
観光案内もない、パンフレットもない。
だけど、この釧路の港で、笑顔と料理だけで心が通じる。
「言葉じゃない」って、本当にそうなんだと思った。
クルーズ船がもたらした出会い
港には定期的にクルーズ船がやってくるようになった。
船から降りてくる外国人たちは、地元の居酒屋なんて知らない。だけど、どこかから口コミで「めしどき」にたどり着く。
スーツ姿のヨーロッパ人、リュックを背負ったアメリカ人、写真を撮りながらメニューを覗き込むオーストラリア人。
言葉も文化も違う彼らが、俺の作った「ホッケ焼き」を頬張って笑ってる姿を見ると、嬉しさがこみあげてくる。
港町ならではの“無名の宣伝力”
釧路の港にあるこの場所は、誰もが偶然に立ち寄れる舞台だ。
SNSに投稿された一枚の写真、翻訳アプリで書かれたレビュー、それだけで世界中から誰かが来る。
俺は、有名でもオシャレでもないけど、
この場所で出会った人たちの“リアルな感動”が、何よりも強い宣伝になってる。Web5との出会いがくれた“変化”
スマホすら触れなかった俺が
ほんの数年前まで、俺はスマホすらまともに使えなかった。
LINEすら知らず、ネット予約も他人任せだった。
「そんなのは若いもんがやればいい」
そう言って、厨房の中だけにこもってた俺にとって、“デジタル”なんてのは縁遠い世界だった。
でも、コロナ禍で客足が途絶えた時、はじめて本気で考えた。
「このままじゃ、この店も、俺も、終わるかもしれない」
そのとき、仲間が教えてくれたのが「Web5」という言葉だった。
最初は“なんだそりゃ?”だった
最初は怪しい横文字にしか思えなかった。
「分散型ネットワーク」「自己主権型アイデンティティ」なんて、聞くだけで眠くなる。
でも、聞けば聞くほど、それが“これからの居場所づくり”につながってるとわかってきた。
誰かに管理されず、自分の言葉で、自分の意思で、発信できる場所。
それがWeb5の世界だった。
「港の居酒屋の大将」だって、ネットの海で発信できる時代なんだ。
そう気づいたとき、俺の中で何かが大きく変わった。“リアル”と“デジタル”をつなぐ居場所へ
「めしどき」から広がる新しい物語
店のカウンター越しに交わされる一言。
その一言が、Webで広がり、誰かの心に届く。
こんな時代が来るなんて、昔の俺は想像すらしていなかった。
釧路という小さな港町。
その一角の小さな居酒屋で始まった「今なんどき めしどき」という店が、
今ではX、note、LINE、Web5といった世界へとつながっている。
リアルの笑顔も、デジタルの言葉も、
どちらも“俺らしさ”を表現できる大切な手段になった。
「会いに来てくれる客」もいれば、
「発信を見て心が動いた仲間」もいる。
それが今の“港の大将”としての、俺の舞台だ。
言葉の力、そして“つながり”の可能性
ただ魚を焼いて酒を注ぐだけじゃない。
俺が伝えたいのは、この町で生きてきた証であり、
人と人が交差する“物語”だ。
noteで綴る人生、Xでつながる仲間、LINEで交わす言葉──
どれもがリアルに勝る温もりをもって、
新しい居場所をつくってくれている。
今や「Webは冷たい」なんて思わない。
むしろ、そこには“本気で人とつながろう”とする奴らがいる。
そして、その輪の中に、俺も自然と入りはじめている。
めしどき発・Web5行き
Web5の仲間たちは、俺にこう言ってくれた。
「大将の言葉は、もうコンテンツになってる」と。
魚を焼いていた手が、今はキーボードを叩いている。
カウンターでのやり取りが、今はブログや動画になっている。
でも、やってることは何も変わっちゃいない。
“目の前の誰か”に、心を込めて向き合ってるだけだ。
これからも、「めしどき」を発信基地にして、
リアルとデジタルのど真ん中で、
俺は俺の言葉で、仲間と未来をつなげていく。
港町・釧路で見つけた“俺の舞台”
