光昇凰——大将の人生と商売を貫く一本の火

めしどき大将ストーリー

光昇凰(こうしょうおう)。

倒れても、また立つ。
若いころから何度も口にしてきた言葉だけれど、正直なところ、心のどこかでは「もう立てないかもしれない」と思った夜もたくさんあった。

それでも、こうして今も釧路の港で鍋を振り、グラスを磨き、カウンターの向こうで笑っていられるのは、俺の中で小さな火が消えなかったからだ。
その火に名前をつけるなら──それが「光昇凰」。

鳳凰みたいに派手に生きようなんて思っていない。
ただ、どれだけ転んでも、静かに、でも着実にまた昇っていく。
その繰り返しの中で、「男の魂」は少しずつ形になっていくんだと、今は思っている。

 

何度も転んだ少年時代と、リンクの上で学んだこと。

俺の原点は、やっぱりアイスホッケーだ。
リンクの上では、転ぶことなんて当たり前。きれいに滑っている時間よりも、氷に叩きつけられている時間の方が長かったかもしれない。

それでも、笛が鳴るまでプレーを止めない。
足が重くても、息が上がっていても、パックから目を離さない。
「倒れてもすぐ起き上がれ。リンクの上で寝ている時間はないぞ。」
コーチにそう叱られた言葉は、今でも耳の奥に残っている。

あの頃は、それがただのスポーツの教えだと思っていた。
けれど、大人になってからの方が、この言葉の重さを何度も噛みしめることになった。

 

本州での一年、釧路へ戻る決断。

高校を卒業して、本州の製紙工場で働いたあの一年。
遠く離れた土地で、慣れない仕事と生活。
周りの大人に揉まれながら、「ここで骨を埋めるのか」と自分に問い続けた。

だけど、心のどこかで、毎日こう思っていた。
「俺の居場所は、本当にここなのか?」

悩んだ末に、釧路へ戻ることを決めたとき、
「ここで踏ん張れなかった自分は、負けなのかもしれない」
そんな後ろめたさも確かにあった。

けれど今振り返れば、あのときもやっぱり「一度倒れて、立ち直る場所を選び直した」だけなんだと思う。
倒れ方よりも、立ち上がる方向の方が大事だと知った最初の経験だった。

 

36歳で仕事を辞めた夜のこと。

長く勤めた会社を、36歳で辞めたあの夜。
家族の顔を思い浮かべながら、胸の奥がざわざわしていたのを、今でもはっきり覚えている。

給料という安定を手放す怖さ。
これから先、本当に食っていけるのかという不安。
それでも、心のどこかで「このままでは、俺の火が消えてしまう」と感じていた。

あのときの決断は、人から見たら無謀だったかもしれない。
でも俺にとっては、「一度大きく倒れてでも、自分の足で立ちたい」という、魂の叫びだった。

そこから、人生は一気にカーブを切る。
ジュニアのアイスホッケー指導、父の運送会社の手伝い、経営の継承。
そして、またひとつの大きな「倒れ」がやってくる。

 

父の会社を閉じるという現実。

水産の仕事が厳しくなり、トラックの荷も細っていく。
電話の鳴る回数が少しずつ減っていくのを、指先の感覚で感じていた。

父から受け継いだ運送会社を続けるべきか。
でも、数字は嘘をつかない。
続ければ続けるほど、家族や従業員を苦しめてしまう現実がそこにあった。

会社を畳むと決めた日は、正直言って、自分の中の何かがポキッと折れた。
「俺は継いだものすら守れないのか」
そう自分を責めた夜もある。

けれど、今振り返ると、あの決断もまた「光昇凰」だったのかもしれない。
会社という形は終わっても、そこで学んだこと、仲間との時間、父から受け取った背中。
それらは、俺の中で静かに燃え続けている。

 

そこから始まった、挑戦だらけの商売人生。

運送会社を閉じてからの人生は、まさに「挑戦」の連続だった。
トレーニングスタジオ、人材派遣、足圧マッサージ、そして今の「今なんどき めしどき」。

どれも順風満帆だったわけじゃない。
資金繰りで眠れない夜もあったし、店に人が入らない日もあった。
「もう、ここで終わりかもしれない」と何度も頭をよぎった。

それでも、毎回ギリギリのところで踏みとどまってきたのは、
アイスホッケーで叩き込まれた癖が抜けないからだ。
「倒れたら、すぐ起き上がる。」
リンクが、今は釧路の街に変わっただけのこと。

 

めしどきのカウンターで、俺の魂はどう燃えているか。

今も毎日、店のシャッターを上げるとき、必ず自分に問いかけている。
「今日もちゃんと立てているか?」と。

客足が少ない日もある。
予約がごそっとキャンセルになる日もある。
それでも、カウンターの内側で立ち続けること。
それが、今の俺にとっての「男の魂の燃え方」だ。

大きな夢や派手な成功を語るつもりはない。
ただ、目の前の一人にきちんと向き合うこと。
港に吹く冷たい風の日も、店の中に暖かい灯りをともしておくこと。
その積み重ねが、「光昇凰」の一歩一歩なんだと思う。

 

倒れ方よりも、立ち方で人は見られる。

何度も転んできたからこそ、今はこう思う。
大事なのは、「どれだけ立派に倒れたか」じゃない。
「どんな顔で、どんな姿勢で、どうやってまた立ち上がるか。」

失敗を隠す必要はない。
恥ずかしさごと全部抱えて、「それでも俺は、もう一度立つ」と言えればいい。
それが、俺なりの「男の魂の燃え方」だ。

若いころは、周りの目ばかり気にしていた。
かっこ悪いところは見せたくないと思っていた。
今はもう、そんな余裕はない。
むしろ、転んだ姿も含めて見せていく方が、人生は楽になっていく。

 

光昇凰という三文字に込めた、俺なりの約束。

「光昇凰」という三文字には、俺なりの約束が込められている。
それは、派手なことではなく、静かな決意だ。

・どんな状況になっても、完全にあきらめないこと。
・一度立ち止まっても、必ずまた前に足を出すこと。
・誰かのせいにせず、自分の人生を自分で選び直すこと。

そしてもうひとつ。
釧路というこの場所を、簡単には手放さないこと。
港の風や、冬の空や、常連さんの笑い声。
その全部が、俺の「光昇凰」を支えてくれている。

 

この三文字が、誰かの背中をそっと押せたら。

俺の人生は、立派な成功物語ではない。
むしろ、回り道と失敗の連続だと言っていい。

それでも、もしこの「光昇凰」という言葉が、
今どこかで立ち上がれずにいる誰かの心に届いたなら──
「もう一回だけ、やってみるか。」
そう思ってもらえたなら、それだけで十分だ。

俺もまた、これから何度も転ぶだろう。
それでも、そのたびに静かに立ち上がり、前を向く。
釧路の空の下で、青い光の中で、男の魂を燃やし続けていく。

その生き方そのものが、「光昇凰」。
そして、それが俺の人生と商売を貫く一本の火だ。

 

▶ まとめ|倒れても立つ“男の魂”の燃え方

・リンクの上で何度も転びながら学んだ「すぐ立ち上がる」という癖は、大人になってからの人生で一番の武器になった。

・父の会社を畳んだことも、会社を辞めたことも、失敗ではなく「立ち上がる方向を選び直した経験」だと今は思っている。

・めしどきのカウンターで今日も立ち続けること。それが、俺にとっての「男の魂の燃え方」であり、光昇凰という三文字に込めた約束だ。

・この言葉が、どこかで踏ん張っている誰かの胸の中で、小さな火になってくれたら嬉しい。俺もまた、その火を消さずに生きていく。

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