光渦大義(こうかだいぎ)。
この四文字は、ただの言葉ではない。
釧路の港で生きてきた俺の人生そのものだ。
渦に呑まれるのか、渦を起こすのか。
その差は、ほんのわずかの覚悟と、ぶれない軸で決まる。
今の日本を見ていると、どこか全体が大きな渦に飲み込まれていくように感じる。
物価は上がり続け、円安は止まらず、働いても働いても追いつかない。
テレビやSNSを開けば、不安と怒りと対立ばかりが並んでいる。
「このままで本当にいいのか?」
多くの人がそう思っているはずなのに、誰も動かない。
渦の中心に飲まれながら、ただ流されていく。
俺も昔はそうだった。
嵐の夜、港で鍋を振りながら、風に吹かれて立ち尽くしたことがある。
海は荒れ、波は高く、船の灯りが消えそうに揺れていた。
まるで自分の人生が、どこへ向かえばいいのか分からなくなった瞬間だった。
でも、その夜に気づいたことがある。
流されて沈むか、自分で渦を起こして進むか。
その選択だけは、誰にも奪うことはできない。
誰かを頼っても、誰かの意見に乗っても、本当の答えは出ない。
未来を作るのは、結局、自分の足、自分の手、自分の覚悟だ。
釧路で9年間居酒屋をやってきた。
恐ろしく苦しい時期もあった。
客が全く来ない日、店を閉めようと思ったこともある。
スタッフの生活、家族の笑顔、全部背負って眠れない夜もあった。
でも、俺はそこで初めて分かった。
覚悟を決めた者には、渦が味方をする。
店に来た一人のお客さんが、次の日に三人を連れて来てくれる。
SNSで見たと言って、遠くから訪ねてくる人がいる。
「頑張れよ」と言ってくれる仲間がいる。
渦は、孤独の中で生まれた。
でも、動き出してからは、人の力が集まって、渦は大きくなった。
渦は奪うものじゃない。
渦は巻き込み、光を生み、道を照らすものだ。
今、経営者として、そして一人の人間として言いたいことがある。
流される人生は終わりにしよう。
自分で渦を起こす生き方を選ぼう。
国がどうとか、政治がどうとか、円安がどうとか、世界がどうとか。
もちろん、それらは俺たちに影響を与える。
でも、それを言い訳にして動かないなら、何も変わらない。
今こそ、自分の軸を決める時だ。
自分の人生の渦を、自分の手で起こす時だ。
未来は待っても来ない。
未来は動いた者の手に集まる。
だから俺は、今日も鍋を振り続ける。
釧路の港で、迷っている誰かの灯りになるために。
渦の中心から、光を生み出すために。
光渦大義。
この四文字は、俺の決意であり、俺の人生の旗だ。
渦に呑まれるな。
渦を起こせ。

まとめ
渦は恐怖ではなく、可能性だ。
動き出した者の周りに、人が集まり、力が集まり、光が生まれる。

