俺の人生が変わった瞬間
地方での挑戦が始まった
釧路の港町で、俺は新しい人生をスタートさせた。
それまでの人生は決して平坦ではなかったが、「人生は変えられる」と思えたのが、居酒屋「めしどき」を始めたときだった。
ただ酒を出すだけじゃない。俺が目指したのは、港に集う人々の“拠りどころ”になる場所。
そう決めてから、日々の仕込み、接客、片付け、そして人との会話——すべてが俺にとって生きる実感そのものだった。
人材派遣業で感じた社会の変化
コロナが壊した「当たり前」
俺の本業は人材派遣業だ。
コロナ以前は、企業の需要に応じて的確な人材を送り込み、現場との信頼関係を築くことにやりがいを感じていた。
だが、あのパンデミックですべてが変わった。
突然、契約がゼロになる日が続き、派遣スタッフの生活も、うちの経営も危機にさらされた。
「対面が難しい」という現実は、地方の雇用にとって致命的だった。
でも、そこで終わるわけにはいかなかった。
オンライン面談の導入、仕事のマッチング方法の見直し、ITを活用した現場管理など、苦しみながらも試行錯誤を続けた。
そして何より、「この人を助けたい」と思える相手と向き合えたことが、俺の心を支えてくれた。
めしどきのカウンターから生まれた絆
仕込みから始まる1日
朝8時、店に入る。市場で仕入れた魚の処理、出汁取り、カニクリームコロッケの仕込み。
ザンギの味つけは日によって変える。気温や湿度、そして“気分”で微調整するのが大将流だ。
16時の開店には常連さんがふらりと顔を出す。
「大将、今日はなにがうまい?」
「羅臼のホッケ、脂乗ってるよ」
そんな会話が、俺にとっては何よりのごちそうだ。
居場所をつくるということ
居酒屋という空間には、料理と酒以上の価値がある。
孤独を感じている人が誰かと話し、また明日を頑張る力をもらう場所。
「ここに来てよかった」と言われたとき、やっていてよかったと思える。
ある日、仕事で失敗し落ち込んでいた若者が、ふらりと来店した。
ザンギを頬張りながらポツリと「また頑張ってみます」とつぶやいた彼の表情は、忘れられない。
web5との出会いがくれた刺激
仲間はオンラインの向こうにもいた
コロナをきっかけに、俺はweb5のコミュニティと出会った。
最初はよく分からなかったが、オンライン上で熱く語り合う仲間たちに触発された。
SNSでの発信、noteへの投稿、ChatGPTとの対話。
60代の俺が、まさかデジタルで仲間を見つけるなんて夢にも思わなかった。
旅する仲間たちとの交わり
web5の世界には、リアルで会ったことはなくとも、互いを尊重し支え合う“旅する仲間”がいた。
誰もが本音で語り、自分の人生と真剣に向き合っている。
そんな空気の中で、俺もまた「自分にできること」を探し始めた。
そして気づいた。「俺は語れる人生を持っている」と。
夢は、まだ終わっていない
過去も現在も、すべてが糧
アイスホッケーで全国を目指した青春時代。
人材派遣で苦労した社会人時代。
居酒屋で笑顔を作ってきた今。
すべての経験が、今の俺の背骨になっている。
失敗したこともある。FXや仮想通貨で金を失った。
人を信じすぎて裏切られたこともある。
でも、それでも前に進んできた。
だからこそ、伝えたい。
「人生は、何度でもやり直せる」と。
これから挑戦したいこと
俺の夢は、**“人をつなぐ”**ことだ。
釧路の港から、全国、そして世界へ。
自分の体験を語り、誰かの勇気に変えていきたい。
AIも使う。SNSも活用する。
若い世代ともタッグを組む。年齢なんて関係ない。
「大将、なんか面白いことやってるな」と思われる存在になりたい。
それが今の俺の、最大の挑戦だ。
【まとめ】港町
から発信する生き様
釧路の港で始めたこの人生。
居酒屋「めしどき」も、人材派遣業も、web5の仲間との出会いも、すべてが俺の財産だ。
誰にでも、人生のどこかに「変われる瞬間」がある。
それを掴むかどうかは、自分次第だ。
60代になった今だからこそ、見える景色がある。
今日もまた、大将の1日が始まる。
から発信する生き様
