中央集約からの脱却が、次の時代を動かす
組織に縛られない“自由な商い”の始まり
俺が経営の世界に飛び込んだころ、商売の多くは“中央集約型”だった。
上が決め、下が動く。経営判断はトップダウンで、現場の声は数字の陰に埋もれていた。
それが当たり前だと思っていたし、どんなに頑張っても「上の判断」がすべてを決める──そんな時代を俺は長く見てきた。
けれど、居酒屋「めしどき」を始めてから、その考えが少しずつ変わっていった。
釧路の港に立ち、客の顔を見て、声を聞いて、空気を感じて商売をする。
現場には“中央”なんて存在しない。あるのは、その瞬間、その空間の中での人と人の信頼関係だけだ。
一見、小さな港町の一店主に見えるかもしれない。
だが、ここで学んだ“現場から生まれる自由な経営構造”こそが、
これからの時代のモデルになると、俺は本気で感じている。
経営を中央に集めるのではなく、信頼を分散していく。
誰かの命令を待つのではなく、自分が決めて、動いて、結果で語る。
それが、俺の考える「自由な経営構造」の始まりだ。
中央集約が崩れるとき、現場の力が生まれる。
それは混沌のようでいて、実は最も人間らしい温度を持った経営の形だ。
釧路の風を感じながら、俺はその自由を、体で覚えてきた。
地域が教えてくれた、分散経営という答え
港の街で見つけた、つながりを基盤にした経営
釧路の街は、中央集約とはまるで逆の構造を持っている。
誰かが全体を支配しているわけでもなく、すべての店や人が、それぞれのリズムで動いている。
港の屋台に立っていると、それがよくわかる。
お互いが競い合いながらも、どこかで助け合っている。
それは数字やシステムでは説明できない、人と人との“信頼”の循環そのものだ。
この信頼があるから、情報もお金も自然と回る。
逆に、信頼がなければ、どんな立派な仕組みを作っても続かない。
つまり、釧路の地域経済は「分散型の経営モデル」を、誰に教わることもなく実践してきたということだ。
俺が居酒屋を経営するうえで学んだのは、まさにこの「分散の中の秩序」だ。
それぞれの店が自由に動くことで、結果的に街全体の雰囲気や経済が保たれる。
だからこそ、一つのルールや中央の指示ではなく、“信頼”こそが最も確かな経営資源になる。
Web5の世界で語られる「分散」「信用経済」という言葉を聞いたとき、
俺はすぐに釧路の港を思い浮かべた。
そこにはもう、中央集約も組織の壁も存在しない。
あるのは“人の信頼”というシンプルな仕組みだけ。
港の風が吹くたびに、俺はその構造の美しさを感じている。
経営を難しく考える必要はない。
信頼が積み上がる場所に、人は集まり、経済は自然に動き出す。
その原理を教えてくれたのが、この釧路の街だ。
自由の裏側にある、孤独と覚悟
支えがないからこそ、本当の信頼が問われる
「自由な経営」と聞くと、響きは軽やかだ。
だが実際は、その裏に“孤独”と“責任”がつきまとう。
中央に頼らないということは、何かあったときに守ってくれる仕組みもないということだ。
トラブルが起きたとき、失敗したとき、矢面に立つのは常に自分。
誰のせいにもできない──それが“自由”の現実だ。
俺はそれを何度も経験してきた。
台風で漁が止まり、仕入れが崩れ、店を閉めざるを得なかった夜。
人材派遣の現場でトラブルが起き、信頼を失いかけた朝。
どれも、中央がいれば助けてくれるような状況だったかもしれない。
だが、俺はあえて「自分で決め、自分で責任を取る道」を選んだ。
それは、孤独でもある。
だがその孤独を越えた先にしか、“本物の信頼”は生まれない。
お客様も、スタッフも、仲間も──誰かが決めたルールではなく、
俺自身の生き方を見て信じてくれる。
その信頼は、中央集約の中では決して育たない。
自由な経営とは、“好きにやること”ではない。
責任を引き受けながらも、自分の信じる方向に舵を切ることだ。
誰も保証してくれない世界で、「自分を信じる」という最大の覚悟を持つ。
それが、港の屋台「めしどき」で俺が貫いてきたスタイルだ。
だからこそ、失敗も笑って受け止められる。
中央の命令で動く時代では味わえなかった、
生身の“商売の手応え”が、いま俺の中にある。
中央のない未来、釧路から始まる自由の経営
組織ではなく、信頼がつなぐ社会へ
これからの時代、組織や会社という枠組みは、今までのような力を持たなくなるだろう。
大きな本社が方針を決め、全国の現場を動かす──そんな中央集約型の時代は、すでに終わりを迎えつつある。
これから求められるのは、ひとり一人が“経営者”として動ける社会だ。
誰かに命令されるのではなく、自分で考え、判断し、行動する。
その基盤にあるのは「自由」ではなく「信頼」だ。
俺が釧路で続けてきた商売は、まさにその縮図だった。
中央の力も、大きな資本もない。
あるのは、自分を信じてくれるお客様と、共に歩んでくれる仲間たち。
そのつながりこそが、俺にとっての“経営構造”だった。
そして今、Web5という新しい波が、その信頼を世界に拡張しようとしている。
中央に情報やお金を集めるのではなく、信頼を分散させる。
それぞれが責任を持ち、自立して動く。
一見バラバラのようでいて、そこには確かな秩序がある。
それが「自由な経営構造」だ。
釧路から、未来の経営を描く
この港町から見えるのは、決して過去の風景だけじゃない。
小さな屋台からでも、未来の経営を描くことができる。
awabotaやWeb5の仲間たちと出会い、俺は確信した。
これからの時代に必要なのは「中央」ではなく「共鳴」だ。
釧路の港で生まれたこの思想を、次の世代へつなぎたい。
経営はルールではなく、信頼で成り立つ。
人と人が信用で結ばれたとき、そこにこそ本当の自由が生まれる。
その灯りを絶やさぬように、俺は今日も暖簾を掲げる。
中央のない未来を信じて、釧路から、また一歩を踏み出す。

