飲食未経験からの居酒屋開業ストーリー

めしどき大将の人生

触れ合いの仕事が消えた日、俺の再出発

トレーニングスタジオという夢

釧路の冬は厳しい。身体を温め、心を整える場所が必要だと感じていた俺は、トレーニングスタジオを立ち上げた。元アイスホッケー選手としての経験を活かし、地域に根ざした健康づくりを支えたかった。

最初は集客に苦労したが、口コミや地域イベントへの参加で徐々に認知されていった。高齢者の健康維持から、社会人のストレス発散まで、それぞれに合ったサポートを心がけていた。

オープン前は不安で眠れなかった夜もあった。「この街に受け入れてもらえるのか」「お客さんは来てくれるのか」──でも、それ以上に「やりたい」という気持ちが勝った。

足圧マッサージという挑戦

さらに俺は、釧路では珍しい足圧マッサージの技術を取り入れた。手ではなく“足”を使って体重をかけながら施術する独特のスタイル。最初は珍しがられたが、口コミで評判が広がっていった。

東京の講習に通い、ベテランの先生から一から学んだ。施術中は、お客さんの身体の声を聴く。足の裏に伝わる緊張感や疲れの蓄積。それをどう解きほぐすか。リズムと圧力、そして呼吸を合わせて、深部まで届かせるように集中した。

「先生、ここに来ると体も心も軽くなる」──そんな声が、俺の背中を押してくれた。

2020年、すべてが止まった

そして2020年、世界は一変した。新型コロナウイルスの流行。接触を前提とするすべてのサービスが否定された。

予約はすべてキャンセル。自粛の要請に従い、スタジオもマッサージも営業停止を余儀なくされた。音が消えた空間。誰もいないマットの上。あの静けさは、いまでも胸に刺さっている。

苦渋の決断、閉店

再開の目処は立たず、感染リスクの中での施術は命取りにもなりかねない。何度も帳簿を見直し、家族とも話し合った。スタッフの生活、将来の希望。全てを天秤にかけた結果、俺は閉店を決めた。

看板を外すその朝、俺は一人で店舗に立った。寒風が吹き抜ける中、ドアに手をかけた時、「ここは、俺の青春だったな」と思った。決断した夜、看板を見上げて深く頭を下げた。「ありがとう、そして、すまない」。それが俺なりの区切りだった。

家族に支えられた再出発

落ち込んだ俺を救ってくれたのは、やはり家族だった。

「お父さん、また新しいこと始めたらいいよ」

「大将なら、どこでもやっていけるって」

何気ないその一言が、俺の心を奮い立たせてくれた。妻も「私たちはどこでも応援するから」と言ってくれた。

派遣業への原点回帰

実は、施術業の前から人材派遣会社を経営していた。改めて原点に戻り、コロナ禍で最も人手不足が叫ばれる分野──介護、物流、医療支援に人を送り出すという使命に立ち返った。

ある日、介護施設に派遣したスタッフから連絡があった。

「ありがとう、大将。あの施設で働けて、人生が変わりました」

──その言葉に、俺は思わず胸が熱くなった。

デジタル化という新しい挑戦

接触ができないなら、画面越しでも信頼を築けばいい。リモート面談、チャット相談、Zoomによる研修会。ITに疎かった俺も、学びながら少しずつ取り組んだ。

意外だったのは、高齢の求職者もスマホを通じて仕事を探すようになったこと。「LINEでやり取りできて助かります」──そんな声が増えていった。

最初は画面の前で戸惑った。ボタン操作を間違えて焦ったこともある。でも、誰かの役に立つなら、いくらでも学べる。そう思った。

失ったものと、得たもの

確かに、スタジオもマッサージも失った。だが、それによって得た経験と学びは何より大きい。触れ合いの大切さ。そして、離れていても人は支え合えるという可能性。

事業が終わることは、失敗ではない。人生を次のステージに進めるための通過点だったのだと、今では思える。

飲食店経営に込めた想い

触れ合いの仕事を失っても、俺には「人と関わる」ことをあきらめる理由がなかった。むしろ、直接顔を見て、声を聞き、笑ってもらえる仕事がしたかった。

「よし、次は“居酒屋”だ」。そう決めた時、周囲は驚いた。「飲食なんて未経験だろ?」「今さら始めるのか?」──それでも俺は、もう迷わなかった。人生は一度きり。ならば、やりたいことをやるべきだ。

「今なんどき めしどき」誕生

2020年代、釧路フィッシャーマンズワーフMOOの2階に、小さな屋台風の店舗を構えた。その名も「今なんどき めしどき」。昭和の香りがする暖簾、漁師町らしい雰囲気。メニューはザンギに刺身、ホッケ焼きにカニクリームコロッケ。どれも“釧路のうまいもん”を揃えた。

客席に立ち、注文を聞くたび、俺は思う。「これが俺の新しいリンクだ」。今度は氷の上じゃない。厨房という舞台で、お客様と勝負する。

最初の数ヶ月は赤字続きだった。だが、「大将、また来たよ」という常連の言葉が、何よりの支えだった。

地域とともに生きる

居酒屋は、ただ食を提供する場じゃない。仕事終わりの憩いの場、誰かと語り合う場所、悩みを吐き出せる空間──そんな「場」を作ることが、今の俺の役目だと感じている。

派遣業で人を支え、居酒屋で心を癒やす。どちらも、誰かの明日をつくる仕事だ。

再出発を胸に、これからも

人生には、何度でもやり直せるタイミングがある。それを「失敗」と捉えるか「転機」と捉えるかで、未来は変わる。

俺はこうして、“触れ合い”の本質を見つめ直し、再び立ち上がった。大切なのは、「諦めないこと」と「人を大事にすること」。この2つさえあれば、きっとどんな時代も乗り越えていける。

60代の大将は、まだまだ挑戦中──次は、どんな笑顔と出会えるだろうか。

未来へ──変化とともに生きる

これからの時代、さらに働き方も、暮らし方も変わっていくだろう。AI、リモート、少子高齢化──課題は山積みだ。けれど、どんな時代でも必要とされるのは「人と人とのつながり」だと、俺は信じている。

デジタルとアナログの両輪で、これからも挑み続ける。派遣業で人を支え、居酒屋で人を笑顔にし、ブログやSNSで人生を発信していく。すべては、「誰かの役に立ちたい」という気持ちから。

最後に──読んでくれたあなたへ

もし、今何かを失って悩んでいる人がいたら、俺は言いたい。

人生は、何度でも立ち上がれる。挑戦はいつだってできる。

俺の話が、ほんの少しでも背中を押せたなら、それが何より嬉しい。

──めしどき大将より