氷の上から始まった、俺の原点
夢は遠くにあった。だけど、氷の上で届くと思えた
西春別という北海道の小さな町で生まれた俺にとって、夢という言葉はどこか遠い存在だった。
毎日同じ風景、同じ人間関係、変わらない日々の中で、「夢を見ろ」と言われても、それは現実とは別の世界の話だった。
だけど、中学生の頃に出会ったアイスホッケーが、そんな俺の常識をぶち壊した。
最初は仲間に誘われて始めたスポーツだったが、リンクに立った瞬間、胸の奥が熱くなった。
氷の上を駆け抜け、全身でぶつかり合いながら、チームで一点を奪いに行く。
この感覚は、他のどんなものにも変えられなかった。
高校時代、俺たちのチームはわずか12人。
廃部寸前の状態で、人数不足にも関わらず試合に出続けた。
補欠なんていない。全員がフル出場、全員が責任を背負って戦う。
だからこそ、絆は強かったし、練習の密度も尋常じゃなかった。
その努力が実を結び、俺たちは「24の瞳」と呼ばれた。
NHKのドキュメンタリー番組にも取り上げられ、全国から注目されたこともある。
でも、そんな称賛よりも嬉しかったのは、仲間と心をひとつにして夢を追ったという事実だった。
俺の夢は、プロのスポーツ選手になることでも、オリンピックに出ることでもなかった。
ただひとつ、「自分の人生を、自分の力で切り開きたい」
その想いだけが、俺をずっと突き動かしてきた。
この“原点”がなければ、今の俺は存在しない。
だからこそ、何度でも思い出す。氷の上で叫んだ、あの時の心の声を。
現実の壁と、折れなかった心
夢だけじゃ食っていけない──そう思いかけた
高校を卒業した俺は、夢の続きを見るために本州へ渡った。
静岡県富士市の製紙会社に就職し、寮生活を送りながら働いた。
慣れない土地、厳しい職場、孤独な夜。それでも「自分で生きる力をつけるんだ」と、必死だった。
だけど、どこかで感じていた。これは俺の人生の本線じゃない、と。
やがて1年で釧路へ戻る決断をし、次に選んだのは、父親が営む運送業だった。
トラックに乗り、汗をかいて働く日々。ゼロから現場を学び、徐々に経営にも関わるようになった。
その頃には家族もでき、社員も抱える立場になっていた。
だが時代の波は容赦なく、漁業の衰退や燃料費の高騰が直撃した。
取引先の廃業、運送コストの削減、銀行との厳しい交渉……。
気づけば、「夢」どころか「明日どうやって生きるか」を考える日々に変わっていた。
毎月の支払いに追われ、誰にも弱音を吐けず、自分だけが孤独な戦場にいるようだった。
でも、“やめる”は選ばなかった
結局、会社を畳むことになった。
悔しかった。情けなかった。だけど、責任は果たした。
従業員とその家族にはできる限りの退職金を支払い、自分の中で区切りをつけた。
この時、俺はひとつの覚悟を決めた。
「もう一度、自分の人生を自分でつくりなおす」
失敗も痛みも全部背負って、もう一度立ち上がってやる。
そして今度こそ、自分の“夢”を諦めない生き方をしようと。
その時、心の奥にずっと残っていたのが――
高校時代に氷の上で感じた、「人生を自分の力で切り開く」という感覚だった。
釧路の港で見つけた新しい挑戦
居酒屋『今なんどき めしどき』、俺の再出発
運送業を畳んだあと、ゼロから始める人生は怖くもあり、どこかワクワクもしていた。
そんな時、思い浮かんだのが「食」と「人」とをつなぐ場。
人が集まり、酒を酌み交わし、本音で語り合える場所──それが俺の中の“居酒屋”の原点だった。
幸運なことに、釧路フィッシャーマンズワーフMOOの2階、「港の屋台」という場所に空きが出た。
迷いはなかった。「今なんどき めしどき」という屋号を掲げ、9年前、俺の居酒屋人生が始まった。
もちろん、最初からうまくいくはずもない。
食材の仕入れ、メニュー構成、接客、原価率……
すべてが未経験で、毎日がトライ&エラーの連続だった。
でも、港町・釧路には「美味い魚」と「人情」がある。
道外からの観光客、常連の漁師、若いカップル、外国人クルーズ客……
さまざまな人が暖簾をくぐり、「大将、また来たよ」と声をかけてくれる。
“味”よりも、“物語”を提供したかった
俺の居酒屋は、ただの飲食店じゃない。
「刺身盛り合わせ」や「ザンギ」だけじゃなく、俺の人生そのものを味わってもらう場所だと思ってる。
厨房で汗を流しながら、常連の人生相談に乗る日もある。
「東京で疲れたから、釧路に来た」と話す旅人に、自分の夢を語る日もある。
そんな日々の中で、俺はふたたび「夢を語れる場所」を手に入れたのだ。
それは、かつて氷の上で叫んでいたあの感覚。
誰かの心を動かす、そんな“場”をつくることこそが、俺の挑戦だった。
夢はカタチを変えて、今ここにある
夢を語ることは、恥ずかしいことじゃない
若い頃の夢は、時に笑われたり、現実に押しつぶされたりする。
だけど、夢を諦めた瞬間に、心はどこか錆びついていくんだと思う。
俺は失敗もしてきた。事業も潰した。借金も背負った。
それでも、夢を持ち続けてきた。何度でも立ち上がってきた。
そして今、俺の夢は「釧路から人生を語れる場所を広げること」だ。
ただの居酒屋じゃない。ただの飲食でもない。
人がつながり、想いが交わり、誰かの一歩を後押しする場所。
そんな“港”のような居場所を、もっと多くの人に届けたい。
夢は未来に続いている。まだ終わらない
これからの時代、ただがむしゃらに働くだけでは生きていけない。
デジタルも、コミュニティも、そして個人の発信力も必要になってくる。
俺が「Web5」と出会ったのも、主宰者 小野和彦との縁がきっかけだった。
地方にいても、言葉を発信すれば誰かに届く。
経験を“資産”に変えて、人生を面白くしていける──そんな希望をもらった。
今、少しずつだけど、夢が現実の景色になってきている。
居酒屋を訪れた人が笑顔になり、ブログを読んだ仲間がLINEでつながり、
XやInstagramで遠くの誰かが応援してくれる。
それこそが、夢がカタチを変えて続いている証拠だと思う。
人生に遅すぎるなんてない。
だから俺はこれからも、語り続ける。
釧路から、港の屋台から、そしてこの小さな居酒屋から──
「夢は生き方である」と。
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