釧路の片隅で開いた新聞が、心をざわつかせた
静かな昼下がりに飛び込んできた現実
釧路の港町で小さな居酒屋を営んで9年。いつも通りの仕込みを終え、昼のまかないを食べながら新聞を開いた瞬間、思わず手が止まった。「75歳以上の外来医療費 2割負担緩和、9月で終了」――そんな見出しが目に飛び込んできた。何の前触れもなく、あたりまえのように続いていた制度が、また一つ消えるのだ。
制度の変更は、常連たちの暮らしに響く
うちの店には、ひとりで来る年配の常連が多い。刺身をつまみに、ビールを一杯、そして昔話。そんな日常の中に、病院の話題が出ることも珍しくない。「最近、足が痛くてさ」「血圧の薬、また増えたよ」――そんな会話の先に、医療費の話が出るのも自然の流れだ。
「2割負担の特例がなくなる」とは、言い換えれば「支払いが増える」ということだ。年金生活の中で、数千円の違いは大きい。病院に行く回数を減らす人もきっと出てくるだろう。命に関わることですら、財布と相談しなければならない時代になってきたのかもしれない。
ただのニュースじゃない、自分ごととしての衝撃
この話題を「政治の問題」と切り離して見ていたら、見過ごしてしまったかもしれない。だが、釧路という地方で、小さな店を営む俺にとって、この出来事は他人事ではなかった。目の前にいるお客様の顔が、一人ひとり浮かぶ。笑顔の奥にある生活のリアルに、じわじわと不安がにじむ。
誰もが「その日暮らし」になりがちなこの時代。制度の変化に対する心構えすら、今は持ちにくい。変わることを知らせずに変えるのが国の常だが、知らなかったでは済まされない影響が確実にやってくる。
新聞をそっと閉じ、俺は決意した。今、この出来事を、自分の言葉で残そう――この小さな居酒屋から見た、「社会の変わり目」の記録として。
不安を行動に変える、その一歩が人生を動かす
何もしなければ、何も変わらない
年配の常連たちの表情を思い浮かべながら、「このままでいいのか?」という思いがふつふつと湧いてきた。医療費の負担が上がる。それはニュースではなく、俺の目の前で暮らす人たちの「明日」が変わるということだ。
だが、店をやっているだけでは、誰かの暮らしを変えることはできない。せいぜい「一杯多くついでやる」ぐらいが関の山。でもそれじゃ足りない。もっと何かできることはないか――。そんな思いが、店のカウンター越しの景色を変えていった。
俺自身も、いつか「支える側」から「支えられる側」になる
今年、俺はもう50代後半。アイスホッケーに明け暮れた学生時代、会社を辞めて釧路に戻ってきた30代、居酒屋を始めた40代。時代は流れ、体も変わり、今や血圧の数値にも目を光らせる日々だ。常連の誰かが歩いた道を、俺もまた追っていくのだろう。
となれば、なおさら「いま」のうちにやるべきことがある。人生の後半戦をただやり過ごすのではなく、誰かの役に立つかもしれない道を作っておきたい。釧路という土地で、ただ生きるだけでなく「何かを発信する」ことに意味がある時代が来た。
Web5と出会い、自分の「言葉」に価値が生まれた
そんな折、今年の3月から「Web5」という言葉に出会い、そこに集う人たちの言葉に触れた。「自分の経験を発信するだけで、誰かの人生を動かすかもしれない」――そんな考え方は、これまでの人生にはなかった視点だった。
Web5の主宰者・小野和彦さん、通称「かずくん」のZoomセミナーにも参加してみた。横浜を拠点に活動するその人の話を、釧路のカウンターから聴いていると、不思議な一体感と希望がわいてきた。
「商売も、人生も、情報発信も、すべてはつながっている」――そんな言葉を胸に、俺もこの釧路から「言葉」を発信していくことに決めたのだ。
居酒屋のカウンターから、人生を変える発信が始まった
言葉は、価値になる時代へ
これまで、文章なんて書いたこともなかった。話すことは得意でも、書くなんて苦手だった。だけど、Web5で学んだのは、「うまく書かなくてもいい、素直に書けば伝わる」ということだった。居酒屋で語ってきた無数の話を、今度は文章にして届ける番だ。
noteに書いた最初の記事には「釧路で学んだ商売の哲学」を込めた。居酒屋の裏側、港町の暮らし、常連とのエピソード――誰にでもあるような日々が、読む人によっては「大きなヒント」になる。それを知った時、自分の人生がちょっと誇らしく思えた。
“発信”が引き寄せた、新しい仲間たち
思えば、仲間なんて言葉は昔のスポーツチームくらいにしか使ってこなかった。でもWeb5で出会った人たちは、何か違った。職業も年齢もバラバラ。それでも「自分の言葉で生きよう」とする姿勢は、どこか共通していた。
北海道から参加している俺に、関東の仲間たちは温かく接してくれた。Zoom越しでも心がつながる感覚があり、「もっと自分の店や人生を伝えたい」と思えるようになった。釧路にいながら、全国の人とつながれる――これほど心強いことはない。
“めしどき大将”としての役割
「めしどき」という名前には、「今この瞬間が、誰かにとってのごちそうの時間であれ」という思いを込めた。それは料理だけじゃない。会話も、人との出会いも、全部ひっくるめて「めしどき」なんだ。
Web5で発信を始めてから、「読んだよ」「刺さったよ」「泣けたよ」という反応が届くようになった。誰かの心に何かを残せる文章、それが“商売”を超えた新しい使命に変わりつつある。
魚を焼くだけじゃない。酒を注ぐだけじゃない。文章でも人の心をあっためられる。
そう気づいたとき、俺の人生はひっくり返った。
釧路から届ける、“俺の言葉”のこれから
自分の足元にこそ、価値がある
旅に出たいと思ったこともある。都会に行けば、もっと刺激があるんじゃないかと迷ったこともある。だが、今はっきりと言えるのは、「自分が歩いてきた道こそが、俺の物語だ」ということだ。
釧路の港町、魚のにおい、炭の煙、酔っ払いの笑い声。そんな日常の中にこそ、伝えるべきリアルがある。きれいに着飾った物語じゃなく、泥臭くても真っ直ぐな言葉が、人の心を動かす。俺が伝えられるのは、そんな「毎日を生きる人たち」の声だ。
情報発信は、“もう一つの商売”になる
Web5で学んだのは、「自分の物語をお金に変える方法」でもある。note、X、ブログ、LINE――発信の場所はたくさんある。だが本当に大事なのは、「誰に届けたいか」という気持ちだ。
居酒屋の客に話すように、ブログでも言葉を選んでいく。誤魔化さず、背伸びせず、俺のままで語る。そんなスタイルが、きっと自分らしい。収益化のためではなく、俺の声が“次の誰か”を励ますなら、それが一番のやりがいだ。
人生の“めしどき”は、自分で決める
何歳からでも挑戦できる。商売も、発信も、人とのつながりも。
俺にとっての“めしどき”は、今だ。
今年の春にWeb5を知り、かずくんや仲間たちとつながったことで、止まっていた時間がまた動き始めた。情報発信を通じて、新しい人生の扉が開いていく。その鍵は、自分自身の中にあった。
この釧路の港町からでも、誰かの心に火を灯すことができる。そう信じて、これからも言葉を届けていく。
「今なんどき?」「めしどきだろ」
今日もそう言いながら、俺は居酒屋の暖簾をくぐる。そしてまた、パソコンを開く
釧路, 居酒屋, めしどき大将, 炉端焼き, フィッシャーマンズワーフ, 港の屋台, 北海道グルメ, ローカル居酒屋, 観光, 挑戦, 笑顔, 経営者ストーリー, 大将の物語この記事の筆者:めしどき大将
北海道・釧路フィッシャーマンズワーフMOO 2階「港の屋台」にて、
炉端風居酒屋『今なんどき めしどき』を経営。
元アイスホッケー選手・指導者としての人生経験を活かし、
ブログやSNSで「人生の軌跡」や「挑戦」を発信中。
記事を読んでくださったあなたの心に、何かが届けば嬉しいです。
