新聞の一面に感じた恐怖と違和感
2025年9月15日、俺はいつものように、釧路の港町で開店準備の合間に新聞を広げた。
1面にでかでかと載っていたのは、「65歳以上、3619万人」「75歳以上の医療費、2割負担の緩和終了」といった見出し。
コーヒーの湯気の向こうに見えたその文字に、ゾワッと鳥肌が立った。
この国はどこへ向かっているのか。
高齢化率29.4%。労働力人口は減り続け、医療や年金制度の負担は重くなるばかり。
「老後は安心」なんて時代は、とうに過ぎ去っていた。
それでも多くの人が、見て見ぬふりをして生きている。
地方は、特にそうだ。俺のように居酒屋を営む者も、年金で来る常連も、誰も口には出さないが、不安は募っている。
「俺たちの未来は、誰が守る?」
国が守ってくれると思っていた時代は終わった。
支援制度は縮小され、医療費は上がり、物価もじわじわ上がっている。
都市部に住む若者は「フリーランス」「副業」と言いながらも、目の前の生活に追われている。
じゃあ、釧路のような地方で、俺たちはどう生きていけばいい?
ただ店を開いて、ただ魚を焼いて、ただ時間を過ごすだけで良いのか?
新聞を見つめながら、俺は心の中でつぶやいた。
「このままじゃ、何も変わらない」
港町の朝、静かな覚悟が芽生えた
一見、変わらない風景。朝の港、仕入れの魚、焼き台に火を入れる手順。
でも、その日の俺の中には、確かにひとつの想いが灯っていた。
「地方からだって、未来を語っていい」
「釧路からでも、声を上げていい」
そう思った瞬間に、ある“出会い”のことが頭をよぎった。
それが「かずくん」こと、小野和彦さんだった。
もう誰も守ってはくれない
この国は、静かに「自助の時代」へと進んでいる。
医療も、年金も、福祉も。制度はあっても、安心感はない。
ましてや地方は、いつだって後回しにされる。
俺が営む居酒屋「今なんどき めしどき」に来るお客さんたちも、そんな変化を肌で感じている。
75歳を超えても働き続ける人、年金だけでは暮らせずアルバイトに出る人。
「昔はよかった」とこぼしながら、酒をすする姿に、リアルな現実が滲んでいた。
地方は、情報さえ届かない
都会では「リスキリング」や「情報主権」なんて言葉が飛び交っているが、釧路の片隅には、そんな概念すら届いていない。
国がどう動いているのかも、制度がどう変わったのかも、新聞を読まなければ誰も気づかない。
このままでは、本当に“情報弱者”が取り残されていく。
しかも、情報だけじゃない。収入も、教育も、機会も。
それでも俺は、生き方を変えたかった
自分の人生を誰かに預ける時代は、もう終わった。
だったら、自分の手で道を切り拓くしかない。
そう思っていたときに、出会ったのが「Web5」だった。
きっかけは、ひとりの男だった。
小野和彦。通称「かずくん」。
彼は、東京でも札幌でもない、釧路のような地方でこそ、Web5が必要だと語っていた。
かずくんの言葉が、俺の心を撃ち抜いた
「情報は、国のものでも、企業のものでもない。
あなた自身のものです」
その一言に、俺は震えた。
誰かに管理される人生から、自分で選べる人生へ。
地方にいる俺にとって、それはまるで、長年閉ざされていた扉が開くような感覚だった。
「大将も、自分の言葉で発信してみませんか?」
かずくんは、そう優しく背中を押してくれた。
かずくんとの出会いが人生を変えた
俺が小野和彦――通称「かずくん」と出会ったのは、たまたま参加したオンラインのコミュニティだった。
地方にいても、こうして人とつながれる時代なんだなと、最初は半信半疑だった。
だけど、その疑いはすぐに変わった。
彼の話す内容は、どれも今の時代を鋭く突いていた。
「ブログは資産です。言葉は財産です」
情報主権、DID、Web5…。
一見難しそうに聞こえる言葉たちの中に、俺は“希望”を見た。
言葉を持たないと、支配される。
情報を持たないと、奪われる。
でも逆に言えば、言葉と情報を自分の手に取り戻せれば、
どんな場所からでも人生を再構築できるってことだ。
俺は「めしどき」という居酒屋を9年間やってきた。
その前も、人材派遣業、マッサージ店、運送業、アイスホッケー指導…いろんな仕事をやってきた。
けど、何かが“つながっていない”と感じていた。
バラバラだった過去が、ひとつにつながった瞬間
かずくんとの対話の中で、俺の中で点だった過去が、線になっていった。
「大将、それ全部ブログにしましょう。あなたの言葉が、誰かの希望になります」
その一言で、俺は腹をくくった。
釧路の港町からでも、俺は発信できる。
自分の物語を、誰かに届けられる。
そして、地方に生きる俺たちのリアルを、未来に残せる。
Web5はテクノロジーじゃなく、“生き方”だった
かずくんはよく言う。
「Web5は、“人間回帰”の技術です」と。
データやシステムの話に聞こえるが、その本質は“信頼”と“つながり”。
自分の意思で、自分の情報を持ち、自分の人生を選べるようにする。
そして、同じ価値観を持った仲間と、新しい経済圏を築いていく。
それは、まさに俺が釧路でやってきたことと重なるものだった。
一人ひとりのお客さんと信頼を積み重ね、笑って酒を酌み交わし、つながってきた。
「これが、Web5なんだな」と、腑に落ちた。
釧路の港から、未来への宣言
釧路の港町。
冬は厳しく、風も冷たい。
けれど、ここには人の温もりがある。
家族のような常連、旅の途中でふらっと立ち寄る外国人観光客。
誰かの人生の一場面に、俺の店がある。
俺はこの町で育ち、この町で商売を続けてきた。
でも、ただ日々をこなすだけの商売は、もう終わりにした。
地方だからこそ、未来を描ける
都市にない価値が、地方にはある。
データじゃ見えないリアルが、ここにはある。
Web5の思想は、東京のベンチャー企業だけのものじゃない。
釧路で、地方で、仲間と共に“新しい生き方”を築いていける。
かずくんがくれた言葉を、今度は俺が広げる番だ。
「自分の言葉を持とう」
「未来を誰かに預けるな」
そう言える自分になれたのは、この港町と、仲間と、そして自分の覚悟があったからだ。
未来を“あきらめない”という選択
日本の未来はたしかに不安だ。
高齢化も、制度の限界も、地方の過疎化も。
でもだからこそ、「俺には関係ない」と背を向けるんじゃなく、
「俺にもできることがある」と信じて動きたい。
居酒屋「今なんどき めしどき」は、ただの店じゃない。
ここは、情報を交わし、想いを語り、未来を描く場所だ。
Web5の概念を知って、ブログを始め、発信し続ける中で、
“自分の言葉”の価値を改めて知った。
釧路から世界へ、俺たちはつながっている
ブログを通じて出会った仲間、Web5を通じてつながった想い、
そして、日々店を訪れてくれるお客さん。
その全部が、俺の人生であり、これから築く未来そのものだ。
東京や札幌にはない視点を、釧路から届けたい。
情報を持ち、言葉を持ち、仲間と共に歩むことが、
これからの「商売」であり、「生き方」なんだと思う。
さあ、俺の挑戦はまだまだ続く。
港の煙とともに、今日も未来を焼いている。

釧路の港で9年、炉端のぬくもりと共に歩んできました。
『今なんどき めしどき』は、ただの居酒屋じゃありません。
そこには、笑顔と、語りと、人生の節目が集まる場所があります。
このブログを読んでくださったあなたにも、
釧路の風と、大将の笑顔が届きますように。

